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赤澤える「服を大量に捨て続ける世界で、私たちにできること」 連載・わたしが見たTIMELIMIT vol.1のサムネイル

赤澤える「服を大量に捨て続ける世界で、私たちにできること」 連載・わたしが見たTIMELIMIT vol.1

環境問題や文化などの観点であらゆるTIMELIMITを体感してきた方々が綴る連載「わたしが見たTIMELIMIT」。ブランドディレクターとして活動してきた赤澤えるさんが語ります。

About the author

赤澤える
赤澤える
ファッション分野のディレクション業を中心に活動。2021年夏、5年ほど率いたブランドのディレクターを退任し独立。現在は新プロジェクトの準備をしながら、長らく抱き続けているエシカルコンシューマリズムへの強い関心をもとに、商品プロデュースやブランドディレクションを行う。著書にアートブック「私たちのワンピース」(2020)、随筆集「私たちはワンピース」(2021)。
赤澤える「服を大量に捨て続ける世界で、私たちにできること」 連載・わたしが見たTIMELIMIT vol.1のサムネイル

「CHOOSEBASE SHIBUYA」の最初のテーマである「TIMELIMIT」は、私たちが生活する限りある環境との接し方を考え直したいという思いから生まれた言葉です。

連載「わたしが見たTIMELIMIT」では、環境問題や文化などの観点であらゆるタイムリミットを体験してきた方々に、自らが見てきたタイムリミットとその向き合い方について文章を書いていただくというもの。 

第一回の寄稿者は、ブランドディレクターとして活動してきた赤澤えるさん。アパレル企業でブランドディレクターとして働く中で、廃棄される膨大な洋服の現状を知りました。今年、約5年をともにした自身のブランドを終了し、自身の新たな道を歩み始めた赤澤さんは、過去の見た洋服のタイムリミットをどう捉え、これからにどう生かしていこうと考えているのでしょうか。

 

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ブランドを立ち上げて1ヶ月。私は、店に並べる古着を買い付けるためアメリカにいた。現地の陽気な人々や、陳列された美しいヴィンテージドレスに会えるまであと少し。仕事での渡米は初めてで緊張していたものの、目的地に辿り着くころには期待で胸が高鳴っていた。どんな人や服に出会えるのだろう。深呼吸とともに、重い扉を開く。

そこで私を迎えてくれたのは人でもドレスでもなかった。そこにあったのは、おびただしい量の布でできた山々だった。これは決して比喩でも誇張でもない。1日かけてもその一角すら満足に見られないほど広大な土地に、私の身長の何倍もある山がずっと向こうまで続いている。その山はすべて廃棄された衣服でできていた。

私は初めて目の当たりにする光景にすっかり圧倒され、その場にへたりこんで泣いた。そうしてめそめそしている間にも、信じがたい量の布が新たに運ばれてきて積まれていく。

こんなに服が大量に捨てられているのに、私ときたら新たな服屋を開き、今日もまた服を生み出している。泣いた理由はそれだった。眼前で繰り広げられる現象の原因が自分にもあると強く感じ、そのことがゆるせなかった。私はこれまで、この光景を「世界のどこか遠い場所で起きている難しいこと」と捉えるだけで、深く考えずに生きてきた。そればかりか、そういうことは私の考えることではないとすら思っていたし、それで私自身が困ることなどなかった。

私は力なく横たわる服を一枚ずつじっと見つめた。そしてあることに気がついた。ここは価格の安い衣服だけが集められてできている山ではない。価値の高い服もそこらじゅうに大量に転がっている。大量廃棄を“一部の有名ファストファッションブランドが引き起こしている環境問題”だと思っていた私にとって、これは大きな衝撃だった。

聞けば、ファストファッションアイテムは私たちのようなバイヤーが買い付けないことから彼らの元では価値が低いものと見なされており、主にほかのエリアに運ばれて別の山脈を成しているらしい。リサイクルなどに回されるのか問うと彼らは互いの顔を見合わせ首をかしげた。衣服が不足している発展途上国に送ることもあるそうだが、くわしい内容までは分からなかった。

どこまでも広がるその巨大な山脈はなおも毎日大きくなり続けているという。立ちすくんでいると、ビニール袋に入ったままの新品の服が大量にやってきて、ドサドサと山脈の一部になるのが見えた。あれは企業が廃棄した在庫だ。一目ですぐにわかった。きっと一度も着られることがないままここやって来たのだろう。

私はこの瞬間まで何もわかっていなかった。直接関係していることなのに。生まれたときから今まで毎日関わっているものなのに。本当にショックで、無知で無責任な自分が心から恥ずかしくなった。どうしたら良いのだろう。何ができるのだろう。私は毎日そればかり考えるようになった。


ここまでは数年前の実体験だ。

その後、私はこのブランド事業を5年ほど続けた。「何も成し遂げないまま去るのではなく、“大切にしたくなる服とブランドの創出”を自分こそが叶えることで、内側からの改革を目指そう」という結論に行き着いたからだ。帰国後すぐに書いた辞表は机にしまって、当時の上司や社長と何度も話し合った。

5年の間、できることはなんでもした。結果として、会社や社会にとって改革と呼べるほどの成果が出せたかはわからない。大きな会社を動かそうとすることは実に難しく、最後の最後までたくさんの問題に打ちのめされた。でもそのぶん、応援してくれる人に出会い、気づけばその数は少しずつ確実に増えていた。私は一歩ずつでも前に進もうと誓った。

そして、その5年の間に、時代は確実に変わっていった。「サステナブル」や「エシカル」という言葉を頻繁に見聞きするようになったことがその証だ。少し前までは街や広告で目にすることなどなかった言葉だ。今や生産側にいる者だけでなく消費者にとっても避けて通れないワードであり、トレンドやブームのようにも感じる。

しかし、素晴らしい概念がどれほど流行しても、ファッション産業が抱える問題は今日も世界を蝕む。ファッション産業は様々な産業の中でも特に環境負荷が高い(※1)。なんと、温室効果ガスの排出量は、世界中のすべての国際航空と海運のそれを足したものより多い(※2)。世界で2番目に水を多く使う産業であり、洗濯などのたびにプラスチックのかけらを海へと流してしまう素材も多用されている(※3)。労働環境や人権に関する問題も非常に根深い。

それなのに、たったの15年で衣料品の生産量はおよそ2倍に膨れ、その一方で一つの服の着用回数は36%も減ってしまった(※4)。日本の家庭で廃棄される服は年間およそ48万トンにもなり、1日あたり大型トラック130台分の服が焼却や埋立てにより処分されている(※5)。

学べば学ぶほど八方塞がりのような気分になる。だが、それでも私は今日もこの業界にいる。仲間もたくさん増えた。今は、気が済むまでこの産業に携わる所存だ。


「TIMELIMIT」というテーマを聞いたとき、私の頭にはあの“服の山”が鮮やかに浮かんでいた。信じられないほど大量に積まれたあの服たちは、一つひとつが何らかのタイムリミットを迎えたものだった。服に限らずバッグもシューズもジュエリーも同様だった。次の倉庫も、ほかの業者も、別の州に移動しても同じような光景に幾度となく出会った。物としてのタイムリミットなのか、トレンドのタイムリミットなのか、消費者の気分のタイムリミットなのか、服を生産した企業にとってのタイムリミットなのか…。あそこで見た大量廃棄の答えは明らかではない。が、この状況が普通ではないことだけは分かる。

私が見る限り、故障や寿命などの「物としてのタイムリミット」により廃棄されているものは少なく、まだまだ充分に着られる服が大半を占めていた。それどころか、先述のとおり開封すらされていない新品も大量にある。あれから何度も国内外で買い付けをしているがいまだ大きな変化は見られない。

私は、この世界を変える糸口は消費者にあると思う。私たちは生まれてから死ぬまで、服と毎日必ず交わり続ける。だから、服と関わる人のうち最も多いのは消費者である私たちだ。それにどんな産業も作り手や売り手だけでは成り立たない。消費者が買い物をすればするほどそれを生産した企業の支援になり、支援を受けた企業はどんどん成長する。「買い物は投票」という表現があるが、まさにそのとおりなのだ。数十円でも、数百円でも、あなたが渡したお金が直接その会社の力になる。

それなら私は、より良いものづくりをする企業から買いたい。そういった細かい生活の積み重ねが、物のタイムリミットも、あの“服の山”も、変えていくことになると思うのだ。

私にも、あなたにも、できることはきっとある。世界はすぐには変わらないけれど、自分の世界なら今すぐに変えていける。自分ひとりが何かしたところで現実は何も変わらない、と感じることは私にもある。が、そう思っている人は世界中に大勢いることを知っている。それなら、少しでも変われる人から少しずつ変わっていこうとすることが、大きな力に繋がるのではないだろうか。良い選択はきっと連鎖していくと思うのだ。それに、あの服の山だって、一人ひとりの“服を手放す選択”の連鎖によってつくられている。ひとりの小さな行動は、想像以上に大きな力を秘めているのだ。だから、毎日の生活で“投票”を続けることは決して無意味ではない。私はそう確信している。

私たちは一生、服を着て、物に囲まれ、生きていく。自分の人生のタイムリミットに向かう間、生涯を通して衣料品と毎日必ず関わるのだ。ファッションは楽しい。ファッションはうれしい。こんな存在はほかにない。私は服が大好きだ。それによって湧き起こる感情も、触れる人に与える影響も、思考を重ねていくことも、たまらなく好きだ。この情熱は、背景にある問題を知っても失せることはない。服装へのときめきは、惨状への憂いと並行することが多分にあり得る。服は、ファッションは、決して悪ではない。私は光にも闇にも触れた上で、そのどちらにも真剣に向き合えると心から信じている。


独立して数ヶ月。新しい店に並べる古着を買い付けるため、アメリカに向かう準備を始めている。今はまだスタートラインに立ったばかりだけれど、出会う人の“投票”に値する店をこの手で育てていくつもりだ。そして同じ志を持つ人や店にできるだけ多く出会っていきたい。それを仲間やお客様にも共有することは、私にとって大きな喜びだからだ。

私たちは、自分の人生に登場するものを自分の意思で選ぶことができる。タイムリミットを延ばすことも、短くすることも、自分次第だ。私はそれを意識した消費者でありながら、心で手足を動かす服屋になりたい。その夢に、タイムリミットはない。

 

 

 

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※1:https://www.jstage.jst.go.jp/article/fiber/77/1/77_P-3/_article/-char/ja/

※2:https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/32952/

※3:https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4531.html

※4:http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202104_06.pdf

※5:https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/

 

Text&Photo:
Eru Akazawa
Edit:
Takahiro Sumita
Design:
Ayane Sakamoto
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ファッション分野のディレクション業を中心に活動。2021年夏、5年ほど率いたブランドのディレクターを退任し独立。現在は新プロジェクトの準備をしながら、長らく抱き続けているエシカルコンシューマリズムへの強い関心をもとに、商品プロデュースやブランドディレクションを行う。著書にアートブック「私たちのワンピース」(2020)、随筆集「私たちはワンピース」(2021)。