美しい自然との関わりから製品を生み出す、二つのブランドが追求する「豊かさ」とは。
熊本県で間伐された杉材などを使う「FIL」と、福岡県でフレグランスやアパレルをつくる「HiKEI」による対談をお届け。
熊本県で間伐された杉材などを使った家具、インテリア小物などを手がける「FIL」と、福岡県で林業・農業といった一次産業との協力のもとでフレグランスやオーガニックコットンによるアパレルをつくる「HiKEI」。それぞれのブランドの創業者である穴井俊輔さん、久川誠太朗さんをお招きして、自然との関わりを大切にしながら生活に取り入れられるあらゆるアイテムを生み出すルーツを紐解きながら、私たちの生活のあるべき姿を考えます。
ー まずはじめに、両ブランドが始まったきっかけを教えていただけますか?
穴井:「FIL」は、満ち溢れた人生という意味の「Fulfilling Life」をコンセプトに、長く愛用してもらえる製品を展開しているブランドです。現在は主に、家具やフレグランスを販売しています。ブランドが生まれた場所は、黒川温泉で有名な熊本県の南小国町。私たちはこの町で林業を営みながら、ここにしかない心の豊かさや文化、本質的に備わっている生活や時間を模索するなかで、商品を購入した方に対しても、本当の幸せや豊かさを問い続けることができるようなブランドにしたかったんです。そこからつくりたいと考えて「FIL」を始めました。
久川:「HiKEI」は「背景を知ると、世界はもっと広がる」をコンセプトに、アパレルやフレグランス製品を展開しています。実家が農家で、幼いころから生産現場の近くにいたこともあり、自然の美しさに人々が触れられる環境をつくりたいと考えたのがきっかけです。そこから原料の生産地や紡績工場の情報など、生産背景を見えるようにしたアパレル事業をスタートしました。
でも、コロナの影響もあり海外の生産地を訪れることができなくなってしまいました。そのとき改めて、購入者が気軽に生産現場に興味を持ってもらえるものを考えた結果、香りに辿り着きました。さらに生産現場に足を運んでいくなかで、その土地の雰囲気を香りで表現し、世の中に伝えていくようなものをつくりたいと思ったんです。自然の美しさを伝えるためにはどういったプロダクトが良いかを考えながら、現在はフレグランス製品などを展開しています。
ー お二方が現在ブランドで展開している製品と、そのこだわりをお伺いしたいです。
「HiKEI」の原料に使用している柑橘が育つ宮崎県日南市の農園
久川:「HiKEI」では現在はアパレルよりも、ルームフレグランスとブレンドの精油、ディフューザーを主軸として展開しています。熊本県小国町では森林組合がつくる杉の精油も使っていますし、宮崎県日南市の柑橘農家から仕入れた、形が悪くなってしまって販売することができなくなった柑橘などを使っています。ほかにも、有田焼の人間国宝、井上萬二さんの窯で使われているハマ(陶器を焼く際に下に敷く台座)と宮崎県日向市で採れたクスノキのチップを再利用したディフューザーも販売しています。「HiKEI」という名前のとおり、実際に生産現場を訪れ、生産者とお話ししてその背景を知ることにこだわっています。商品を売るためにブランドが存在しているのではなく、生産現場に興味を持ってもらうキッカケづくりのために、商品を展開しているような気持ちです。
穴井:「FIL」では小国杉を使用した家具やフレグランスなどを販売しています。今までは油の多さや木肌の綺麗さなど、機能面で訴求していた小国杉ですが、これからは南小国で育まれてきたイデオロギーを大切にして、もっと情緒的なものや、文化的な価値観を広げていくことがブランドの鍵になるのではないかと思いました。また、小国杉を使用し、阿蘇の草原風景のような軽快さと風通りの良さを家具で表現しました。これからは、人間の都合で植林されてきた山から、その地域にあった樹種を植えるなど、山のあるべき姿を議論することも私たちのものづくりには大切な過程だと考えています。
フレグランスでは、阿蘇山の噴火で産出された溶岩を採取して、ポプリを販売しています。オイルは、パリのアトリエで調香しています。私たちは素材と対話することを大切にしていて、今ある山をどうやったら100年、1000年先まで保てるのかを考えています。また、店舗の隣には「fillab」というファブ・スタジオを併設しています。中学生がプログラミングを勉強しながら設計した家具を3Dプリンターでつくるようなワークショップを定期的に開催しています。
「FIL」が拠点を置く阿蘇の草原
ー 製品以外にも、なにかこだわっている部分はありますか?
穴井:パッケージデザインに一貫性を持たせたり、ミニマルな思想・主義でありたいという思いから、アートディレクションはシンプルなものにしています。使用している写真の撮影もあまり細かく要望を伝えることはなく、「FIL」の世界観と一致していれば、写真家やデザイナーの方に全部任せるようにしています。
久川:僕はデザイナーさんに要望を伝える際に、細かいアイディアよりも「無駄なものはなくしてほしい」とか「いろんな人に使ってもらうため、なにかに寄りすぎないように」ということをお願いしています。パッケージにおいては、極力色が付かないことを意識しました。そのおかげか、スケートボードショップやアパレル、アウトドアショップなど、さまざまなお店で取り扱っていただいています。
ー 商品の見せ方における考え方にも共通点が感じられますが、お二人がブランドや商品を通じて、伝えたいこととはどのようなことでしょうか?
穴井:阿蘇の草原は、千年の草原と言われています。長い年月をかけた自然の営みと人との繋がりが深いほど、生活が豊かになると僕たちは考えていて、皆さんにもそれを伝えていきたいです。一番の願いは、商品を見た方が南小国町に興味を持ち、実際に「FIL」の店舗を訪れてくださること。そして、僕たちと実際にお会いしてくださることです。そこからようやく、南小国町のことを知ってもらえると思います。
プロダクトをつくる際にも、クリエーターには南小国町に泊まり込んでいただき、町をご案内します。実際に自然に触れてもらって、記憶に残った感覚を形にしてもらいたいですし、それが一番、自然に敬意を払うことができる方法だと考えています。
久川:「HiKEI」でも「ルーツを掘っていく」ことはすごく大切にしています。自分が生活で触れるものはすべて当たり前のものではなく、自分の手元に届くまでに色々な過程を経ているということを知れば、関わっている人たちのことも考えられるようになると思います。そのためには、五感での体験に勝るものはないと思っています。だから、ぜひ生産現場に足を運んでもらいたいですね。自分で感じて、動いていく人が増えていくといいなと思います。そのきっかけに「HiKEI」の商品がなれると嬉しいですね。
「HiKEI」のアパレル
ー お二人にとって自然とは、どのような役割をもつものですか?
穴井:オスカー・ワイルドという詩人の言葉に、「我々は自然を鑑賞することばかりが多く、自然と共に生きようとすることがあまりにも少ないように思われる」というものがあります。でも、南小国町にいる僕たちは自然と共に生きていると感じます。自分たちにとって大事なものが何かを追求するときに、自然が自分のなかの答えを引き出してくれる気がします。自然は最高の教育者だとも思います。子どもを見ていても、山のなかで暮らしながら色々なものを吸収しています。
久川:自分にとって必要なものであり、多くの気付きや考えるキッカケをくれるものですね。山や海じゃなくても、道端に生えてる草や木などの小さな自然でもいいので、見たり触ったり匂ったり、そこから何か感じて考えることってすごく大切なことだと思います。僕はパスカルの「人間は考える葦である」という言葉が好きなのですが、考えなくなったら人間じゃなくなるとも解釈できると思っていて、自然は僕が人間として生き続けるためにたくさんの機会を与えてくれるものだと思っています。
ー そうは言ってもデジタルの普及もあり、都市ではなかなか自然との関わりを感じづらい現代において、私たちは何を考えていけばよいのでしょうか?
穴井:実際に南小国町まで来てもらえたら、自然に触れてもらえるようにご案内しますけどね(笑)。でも、来ていただく前に、自然に興味を持ったり繋がるきっかけが私たちの商品だといいなと思うし、自然に由来するものを生活のなかに置いたり、見直すことで関わりを感じていくことができると思います。
久川:僕はもともと都市も好きでしたが、仕事でも山や畑に足を運ぶようになったことで、さらに自然の美しさやそこで生きる方々の自然と向き合うかっこよさを体感しました。現地でしか経験できないことは多いので、皆さんも頭で考えるだけではなく、実際にいろんな自然へ足を運んでみてほしいと思います。コロナで海外に行けなくて退屈だと思っている方も、国内の自然へ足を運ぶと海外に負けない美しさや面白さが溢れているのでぜひそれを体感して欲しいです。
穴井:黒川温泉に入るだけでもいいから来てほしいですね(笑)。僕は自然に触れるとき、光、風、匂い、音、空気の流れなどを意識します。ひとつずつを感じることが、感性の豊かさや生活の豊かさに繋がっていくと思います。
久川:以前、音楽をやる人は自然に行くことが多いと記事で読んだことがあります。都会では人間が聞き取れる音にしか触れることができないけれど、森の中では耳では聞き取れない音にも触れることができるから。そこからクリエーティビティが生まれていくと知り、なるほどと思いました。もちろん音楽だけではなく、色々な分野で世界が広がっていくきっかけに自然はなるだろう思います。
「FIL」のスタジオでのエッセンシャルオイル蒸留の様子
ー お二人は自然から生まれる素材を使ったり、インスピレーションを受けて製品をつくられていますが、その過程についてはどのような考えがあるのでしょうか?
穴井:捨てられる価値のないものを何かに活用できないかと疑問を持つようにしています。サーキュラーエコノミーという言葉がありますが、素材を循環させていくことを考えながら商品をつくっているんです。たとえば、フレグランスは山に捨てられている杉の葉をどうにか使えないかという問いから生まれています。杉の葉や切り株が流されて田んぼをダメにしてしまうという問題もありました。そこで山の中で採取した杉の葉から抽出したエッセンシャルオイルをつくっていますし、残った葉っぱは農家が持って帰って野菜畑の肥料にします。すべてが循環して、無駄なく使われています。
久川:まだまだであるとは感じていますが、僕たちが商品をつくっていくことで、世の中がより良くなっていく仕組みができたらいいなと思っています。間伐材の枝葉を香りの原料として使っている背景にも、そんな思いがあります。最近は、リジェネラティブ・オーガニック(環境再生型農業)という考え方に興味があります。野菜をつくることで環境に負荷を与えてしまう部分を、つくることで環境をよりよくしていこうとする農法です。これから自分たちのものづくりでも、つくる過程もプロダクトの一部と考え、モノをつくることで環境がより良くなっていくような仕組みをつくっていきたいと考えています。
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HiKE Iの商品はこちら
- Text:
- Maho Kamagami
- Edit:
- Takahiro Sumita
- Photo:
- ブランド提供